今でもドイツは白ワインで有名であり、ドイツワインと言えば白ワインのイメージが強いと思います。
なぜドイツで白ワインが普及しているのかと言えば、第一にドイツの寒冷な風土に適したブドウの品種が白ワインに適したリースリングを始めとするブドウ品種であったことがあげられるでしょう。
ただ、これは結果論に過ぎず、中世ドイツ人の特に修道院が本気を出せば「ドイツの風土に合った赤ワインブドウ種」を品種改良することもできたはずです。
にもかかわらずドイツの修道院が白ワインを選んだ理由としては、修道院が最も必要としたのが「ミサ用のワイン」であったからです。
キリスト教圏の人では当然となりすぎてて案外日本人には伝わっていないのですが、今でもキリスト教圏の国々の多くは「聖体拝領」において白ワインが使われます。
我々日本人の漠然としたイメージだと「イエス・キリストの血」というイメージから赤ワインで行われると思われがちですが、今でも白ワインでミサを行う国が大半であったりします。
その理由は想像している以上に単純で、「赤ワインは拭き取るのが大変だから」です。
ミサで使われるワインはカリスと呼ばれる聖杯をイメージした盃に入れられますが、聖体拝領を行ったあとカリスはプリフィカトリウム(カリスをふく布)によって拭われ、司祭の手はマヌテルジウム(手を拭く布)によって拭われます。
現代に生きていると実感がありませんが、近代まで布というものは非常に貴重なものでした。羊毛や亜麻から繊維を抽出し、不純物を取り除いて糸を紡ぎ、糸を張って一本一本織っていく作業は、何十人の職人たちが何日もかけて織り上げるものです。
ヨーロッパでは羊毛は生産しやすくのもあり、毛織物は庶民でも手に入りやすい布地でしたが、亜麻織物(リネン)は中世ヨーロッパでは絹ほどではないですが貴重な高級品です。
特に亜麻布はイエス・キリストの遺骸を包んだ聖なる布なので、教会の儀式で聖なるものとして扱われました。
ですから修道院ではブドウや麦と同じように亜麻の栽培も行われ亜麻布の生産が行われましたが、話が逸れました。
そんな貴重なリネンの布を使ったプリフィカトリウムやマヌテルジウムを選択して使い続けるには、毎回赤ワインを使うのは極めて非効率であり、コストがかかりすぎる贅沢だったのです。今のように赤ワイン色素を除去する洗剤もありませんから、ワインの染みは専門の染み抜き職人が必要なほど厄介な問題です。
単純な理由と書きましたが「ミサ用ワインは白ワインを使う」というのは、毎週や様々な記念日に行われるミサごとに赤ワインで貴重なリネンの布を消費させるわけには行かないという、深刻な経済事情(経済的に豊かでも生産力が追いついていない時代です)があったのです。
ローマ教会の典礼書(これは現代のものですが、中世もほぼ同様です)にはこう記載されています。
『322[=284] 感謝の祭儀のためのぶどう酒は、ぶどうの実から作ったもの(ルカ 22・18 参 照)で、天然の純精酒、すなわち他の成分が混入されていないものでなければならない。
323[=285] 感謝の祭儀のためのパンとぶどう酒は、完全な状態で保存されるよう細心の 注意を払わなければならない。すなわち、ぶどう酒が酢になったり、パンが悪くなったり、 容易に割ることができないほど固くなったりしないように配慮しなければならない。
324[=286] 聖別の後、もしくは拝領のときに、ぶどう酒ではなく水を注いだことに気が ついたならば、司祭は水を他の容器に移し、ぶどう酒と水をカリスに注ぎ、カリスの聖別 に関する制定のことばを唱えてこれを聖別する。再びパンを聖別する必要はない。』
ここにはぶどう酒の色や品種は記されておらず、白ワインでも赤ワインでもロゼワインでも構わないのです。
もともとキリスト教はイエス・キリストが様々な『旧約聖書』やユダヤ教の戒律によって人々を縛ろうとする人たち(『新約聖書』ではファリサイ人として書かれています)に対して「神はお赦しになられる」という「神の赦し」を説いた宗教でもあります。
ですからイエス・キリストの意思を受け継いだ使徒や聖職者たちは、『旧約聖書』やユダヤ教で厳格に定められた戒律や食や飲酒のタブーについては「寛容」であることを定めています。
キリスト教が爆発的に信徒を増やしていったのも、ユダヤ教やギリシャ・ローマの神々やガリアやゲルマンや北欧の神々よりも「イエス・キリストは寛容であった」という側面は、キリスト教を理解するに当たっては外せない部分です。
こういった寛容さと現実的な布や洗濯の大変さから、ドイツの広大な森を開拓するにあたって修道院では、赤ワインより白ワインの生産を優先することにしたのです。
という中世世界を体験できる『Kingdom Come: Deliverance II』をみんなもプレイしよう!
(後編は 2025/11/12 に公開予定です。お楽しみに!)